Vol.1 歴史
インタビュー内容
歴史
文野
創業は昭和44年なんです。今からちょうど45年前になります。僕の父親が創業者なんですけども、当時、僕の親父は背広の裏地とか谷町辺りの会社に勤めていて。当時、オイルショックから繊維不況になったものですから、餃子の王将の創業者の方が遠縁で。次の職は「飲食店もいいのではないか」というお話をその遠縁からいただいて。親戚のよしみもあって、修行に寄せていただいて、半年の修行でのれん分けをしていただいたという訳ですから。45年前に大阪王将がのれん分けで始まったというのが始まりです。
文野
脱サラで始めましたものですから、家族全員が力を合わせて、朝から餃子を作って、お店の運営なんかもお手伝いをしたと。親父がお店を作っている。そんなにお金もなかったようですから、自分でベニヤ板をカンナで削ったりですね、お店を大工仕事をしながら作っている所から見ているものですから。そのままお店のお手伝いを普通に自然にして、そうこうしている間に商売が順調にいきました。本格的に、親父の右腕というには、おこがましいかもしれませんけど、ほぼそういう役割で若い時から経営には携わっていました。
文野
そうしている間に、18歳、19歳、20歳を超えてくるとですね、創業から関わってはいないものの、その背中を見ながらお手伝いをしてきているものですから、自分のやり方というものが出てくるんですね。自分の思いも出てきて、そこが多少、親父との意見の相違もあったりという中で。親父を見ていても少ししょぼくれたサラリーマンが、お店が成功する中で、目に見えて格好良くなってくるんですね。
ということは、僕も早く社長になって商売を成功させていくと、彼のように変わっていくものなんだろうなという風なことを、父親なんだけど、目の前で成功者を見ているという経験をその時にしたものですから。それであれば、意見の相違も出てきたし、自分も早く社長したいなという思いがありましてですね。店舗探しから、店の建築から、仕入れから、だいたい一通りのことが、この4、5年間で分かったものですから。親父にお願いして、愛知県のほうで独立をさせてもらったのが22歳の時なんです。
これがまた非常にうまくいきましてね。愛知県での大阪王将の展開をしていくというミッションで、親父から5千万頂いて、小さなお店1つと王将と、それでちょっと大きなお店と、いきなり3つを作りましてね。やっぱり時代がよかったんだと思いますね。非常にそれも順調にいってですね、 2年足らずで10店舗ぐらいまで展開することが可能になりまして。偉そうなことを言って独立して、親父からしたら本当にできるかどうかという風なことかも分からないんだけども。それが意外と順調に進みました。
文野
親父は絵が趣味だったものですから、絵描きになっていきたいという意思決定をその間にしたみたいです。
そういうこともあって、「その会社よりも自分の跡を継いだらどうだ」という話になりましてね。こちらが機嫌よく独立して商売してたんですけども、その会社よりもさらに、ひとまわり大きな会社で社長業ができるというのは、僕にとってはチャンスだったものですから。二つ返事で「すぐ帰ります」ということで、昭和60年に親父の跡を継いだと同時に子会社も吸収しました。昭和60年から2代目の社長の時代が始まったという経緯になっています。
経営者プロフィール
| 氏名 | 文野 直樹 |
|---|---|
| 役職 | 代表取締役社長 |
| 生年月日 | 1959年11月29日 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 座右の銘 | 「我以外皆我師」 謙虚で素直な人はいくつになっても成長できると思うから |
| 愛読書 | ランチェスター戦力について |
会社概要
| 社名 | イートアンド株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 大阪府港区虎ノ門4丁目3番1号 城山トラストタワー18階 |
| 設立 | 1977 |
| 業種分類 | 食料品、飲料・たばこ・飼料製造業 |
| 代表者名 | 文野 直樹 |
| 従業員数 | 312 名 |
| WEBサイト | http://www.eat-and.jp/ |
| 事業概要 | 外食チェーンと冷凍食品製造の2軸。いずれも「大阪王将」ブランドが柱。全国4カ所に自社工場を展開。 |